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JBLが聴ける店・Sound of JBL | 日暮里 MODERN JAZZ CHARMANT

JBLが聴ける店・Sound of JBL

日暮里

MODERN JAZZ CHARMANT

先代から受け継いだ
「L45-S4」サウンドを守り抜く
創業60年を超える老舗のジャズバー

JBLが聴ける店・MODERN JAZZ CHARMANT

2度の存続の危機を乗り越え
週3日営業中。

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【上】場所は谷中銀座商店街の「夕焼けだんだん」を降りてすぐ。看板を頼りに歩いていくと、心地良いジャズが聴こえてくる。【中】柔らかな電球が灯る木を基調にした店内は1955年の創業当時のまま。どこか懐かしさを感じさせる。【下】スコッチやバーボンなど、世界各国の銘酒を数多く取り揃えている。価格は1,000円から。メニューには分量も明記されている。

 「谷根千」巡りのスタート地点として、もしくは終着点として知られるようになった「夕焼けだんだん」。日が沈み始めると、この階段はきれいなオレンジ色の夕焼けに染まる。そして日が暮れると、階段の下から往年のジャズが聴こえてくる。ただし、そんな夢見心地が味わえるのは週3日だけ。この地に店を構えて60年以上になる「MODERN JAZZ CHARMANT(モダンジャズ シャルマン)」は、現在、水、金、土曜日しか営業していない。その理由は、現オーナーの石岡守之助氏が創業者の毛利好男氏に替わってマスターを務めるようになった経緯が大きく関係している。

「常連だった私がこの店を引き継いだのは2010年。毛利さんが自宅で足を滑らせてヒザの骨を折ってしまい、店に出られなくなったためです。そのとき、もう歳だし、いい機会だから店を売るって話になっちゃいましてね。私としては飲みに行くところがなくなるから非常に困ったんですよ。だったらオーナーになればいいじゃないかというわけで、私が引き継ぐことになったんです」

 そうして「シャルマン」のオーナーになった石岡氏だが、当人には歯科医師という本業がある。あくまでもオーナーという立場で、当初は雇い入れたバーテンダーに店を任せていた。しかし、「シャルマン」の伝統を汚しかねない話が聞こえてくるようになる。このままではいけないと思い、自らカウンターに立つことを考えるようになったという。オーナーになった2010年から1年が経った頃の話だ。

 そんな矢先、またもや「シャルマン」の存続が危ぶまれる事態が発生した。東京都内でも震度5強を観測した2011年3月11日の東日本大震災だ。

「店に来てみたら、グラスとお酒のボトルがすべて落ちていました。カウンターの中はウイスキーの海でしたよ。ヴィンテージ物もダメになっちゃって、愕然としましたね」

 「シャルマン」の創業は1955年。当時のままの佇まいを残していることも大きな魅力だが、床は歪み、不安定な箇所も多い。そこに地震によるダメージが加わったため、再開は無理かもしれないという考えが頭をよぎったという。しかし、先代の毛利氏がコレクションしてきた7,000枚にものぼるレコードが、石岡氏の折れそうな心を立ち直らせてくれた。

 「本当に不思議なんですが、レコードだけは一切無傷。奇跡ですよ。店の中にあるものはもちろん、倉庫に保管していたレコードも床に落ちることはありませんでした。ぎりぎり落ちずにひっかかっているレコードが何枚もあって、驚きましたね」

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【上】壁面にはジャズの名盤がズラリ。リクエストが多い5000枚を店内に置き、2000枚は倉庫に保管している。【中上】カウンターにいる時は常にレコードの手入れをしている石岡氏。ジャズにスウィングしながら、手際よく一枚ずつ磨き上げていく。【中下】ホレス・シルバー自身が盤に名前を書き入れていることからも、1950年代製と分わかる『Horace Silver and the Jazz Messengers』。【下】お気に入りのレコードを持ち込んで、ヴィンテージオーディオ機器で流すこともできる。店内の一角にはレコードをキープできる棚が用意されている。

極上のコンディション
至極の名盤が7,000枚以上。

 「シャルマン」のオーナー兼マスターになってからわずか数年。しかもカウンターに立つのは週3日の石岡氏だが、そのことを言われなければ誰も気付かないほど、身のこなしが板についている。開店前のセッティングにも抜かりがない。

 「昼間の仕事を終えて店に着くのが開店の1時間くらい前。まずアンプのスイッチを入れて、開店の準備に取り掛かります。真空管のアンプはスイッチを入れてすぐにバーンって音が出るわけじゃないんですよね。音を鳴らすまでに1時間はかけないと、音像が小さいというか、物足りなさを感じさせてしまうんです」

 開店後もいい音を鳴らすための準備を怠らない。少しでも時間があれば丁寧にジャケットからレコードを出してクリーニングし、盤の上に塵ひとつ残さない。1950年代製のレコードもツヤを失わず、極上のコンディションを維持しているのは、こうした弛まぬ努力があるからだ。

 「レコードの状態がいいからということもあると思うんですが、この店で聴くといいんですよ。音量を大きくしてもうるさくない。心地良く聴いていられるんです」

 その貴重なレコードは、店内にあるだけでも約5,000枚。倉庫にも2,000枚ほどを保管している。それらすべて、どこにどのLPがあるのかを石岡氏は完璧に把握している。リクエストをすれば絶好のタイミングで応じてくれるし、そのLPにまつわるエピソードも聞ける。流しているLPのジャケットを店内にいる一人ひとりにきちんと披露してくれるので、「シャルマン」では目でもジャズの奥深い世界に触れることができる。

貴重な名盤と「L45-S4」のサウンドで
海外ジャズファンも魅了。

 貴重な名盤を揃える「シャルマン」には、国内だけでなく海外のジャズファンも多く訪れる。著名人が足しげく通ったことでも知られており、1961年1月に“アートブレーキー&ジャズメッセンジャーズ”が初来日した際に全メンバーが来店した逸話も残る。そうした豪華ゲストも魅了してきたのが大切にコレクションされたジャズの名盤であり、JBLの「L45-S4」が奏でるサウンドだ。

 「オーディオシステムは、現在もほぼ創業当時のままです。スピーカーもずっと“L45-S4”。毛利さんがオーナーの代から、ウーハーの“D130A”を何度も張り替えて使ってきました。ジャズには切れ味が良くてちょっと丸い、楽器の音色がきちんと鳴るJBLがいいと思うんです。こういう音で聴くジャズが私は好きなんですよね」

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【上】東日本大震災でも無傷だった「L45-S4」。心地いいサウンドを奏でてくれる。【下】ウィスキーマニアでもある石岡氏は、いまとなっては入手不可能なヴィンテージもコレクションしている。メニューに載ることもある。

毛利氏が築き上げた伝統と文化は
これからも引き継がれていく。

 実は、東日本大震災の後に石岡氏を「シャルマン」再開に向かわせた心の支えが、奇跡的に被害を免れたレコードの他にもうひとつあった。この"L45-S4"だ。

 「どっしりしているのでそう簡単に倒れるものではないんですが、東日本大震災のときに"L45-S4"が無傷だったことは救いでした。落ちて壊れてしまったレコードプレイヤーは修理できるところがないので買い替えましたが、肝心要のスピーカーがダメージを負っていなかったので割と早く再開することができました。レコードといい、"L45-S4"といい、無傷だったことに不思議な縁を感じますね」

 だから石岡氏は、名盤の数々と「L45-S4」を守り続ける覚悟を持って「シャルマン」のカウンターに立っている。

 「創業から60年も経ってるからどこまで保つかわかりませんが、できる限りやっていくつもりです。文化遺産を引き継いでいくということですね。毛利さんが残してくれた遺産だと思って、大切に守り続けていきます」

 ジャズファンはすでにご存知かもしれないが、「シャルマン」創業者の毛利氏は2015年に永眠された。しかし、その遺志は石岡氏を通して確実に受け継がれている。

 脈々と「シャルマン」を引き継ぐ者がいる限り、日が暮れた「夕焼けだんだん」から、ジャズが途絶えることはないだろう。